私の夫は優しくてマメ。
趣味はサッカー。
お酒は飲むけど家での晩酌が大好きで、帰りが遅くなることもほとんどないし、飲み過ぎてひどい状態になる事もない。
少し良いものを時々買っては、メンテナンスをして大切に使う人だから、自分の買い物は年に1、2回。
金銭感覚がしっかりしていて無駄遣いが好きじゃない。
でも私の実家や妹一家へのお金はポンと出してくれるし、菩提寺の近くを通りかかれば一人でも墓参りをしてくれる、そんな人。
それだけでなく、息子の事を溺愛している本当にいいパパ。
息子と一緒にいるのにスマホポチポチして話半分なんていう事もしないし、外食先では息子の隣は夫。息子のお世話は夫がしてくれるから、私も外食を思う存分楽しめる。
年に3回の旅行では、たまの機会なのだからと私も休めるよう100%私の希望の宿を選ばせてくれる。
帰省先では夫が食器洗いや布団の上げ下げをしてくれて、私は上げ膳据え膳。嫁だけど義実家で何もしない。
私の夫は超マメ。
うらやましいでしょう?
誰もが「koさんのご主人、本当にいいご主人でいいパパだよねぇ…」と口を揃えて言うんです。
でも…
夫はかつて、モラハラ夫でした。
夫がモラハラ夫だという事を、私は自分の母にも、当時病床にいた父にも、そして妹にも話す事はできませんでした。
もちろん友人にも。
親しければ親しいほど、話せなかったんです。
モラハラ夫と結婚をするまえ私は、モラハラを受けているとわかっていながらも離婚をしない友人や叔母など身近な人に対して「そんな旦那、必要なの?」「離婚すればいいのに」そう思っていました。
でもいざ自分の夫のモラを目の当たりにすると「これ以外はいい人だから」と自分を納得させようとしてしまう。諦めてしまう。
一瞬だけ、その瞬間だけ我慢すれば幸せなのだから、と。
このサイトは私が受けたモラハラや、私たち夫婦が変わっていくようすをつづるサイトです。
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夫のモラを笑えるようになったあの日
私が夫のモラに気付いたのは、息子を妊娠して大出血を起こして仕事を辞めたあと。
まぁ…、産休・育休が取れるような会社にいずキャリアもない私を夫が見下していた事、今になってようやくわかるようになりましたけど、当時はなぜ無職扱いされるのか意味が分からなかった。
当時は、お腹の中の赤ちゃんの命がこれからどうなるのかというプレッシャーで、夫の口からたびたび発せられる「無職だもんね」という言葉の真意など到底気にしていられる心理状況ではなかったから、逆に幸いだったのかも知れません。
でも確実に私は追い詰められていて、せっかくの妊娠出産というライフイベントの事を思い出すたびに、あの時の孤独な気持ちも思い出してしまうのです。
夫に恩を着せるわけではありませんけど、私、子どもを産む事ってもっと感謝されるものだと思っていたんですよ。
切迫流産で大量出血してから、ずっと安静にしてなくてはならなくて、安定期なんていうものはなく、結局長期入院になったんです。
寝たきり生活が長かったので、産後は息子を沐浴させる筋力すらなく、回復も遅かった。
息子がまだ赤ちゃんの頃は、抱っこを辞めれば泣く息子を、日がな一日抱き続ける事しか出来ませんでした。
何のキャリアもなく知り合いもいない私が子どもを預けて再び社会に出ていく事は難しく、夫から「無職だもんね」「無職なのに」「無職だから」と言われるたびに、脳がフリーズするような、自分が空洞になってしまったかのような、そういう状態に陥ったのを覚えています。
夫は育児もしてくれ、家事も嫌な顔1つせずにやってくれました。
でも毎日、
「いつになったら働いてくれるの?」
「早く働いて返してもらわなくちゃ」
「無職なのは事実だからね」
そう、笑顔で言うんです。
そう言い続けられ私は、どんどん申し訳ない気持ちになりました。
そしていつだったか、申し訳ないを通り越してしまったのです。
どんだけ恩を着せるつもりなんだ?
そんなに恩を着せるほどの生活を送らせてもらっているの?
(…丸で年収3,000万円ぐらい稼いでるみたいな口ぶりだな…)
ふと、本当にふと、そんな風に思ったんです。
もちろん、稼いでいる人が偉いという話ではないし、じゃぁ3,000万円稼いでいたらモラハラしていいかっていう話じゃないんで誤解しないでいただきたいんですけど、
そこまで恩を着せられるほどの生活でもないよねって。
今まで夫に負い目を感じていて、家でも全く寛げませんでした。
知らず知らずのうちに夫の機嫌をうかがうようになっていたし、常にびくびくしていたように思います。
子育てに必要なものを買うのにも、いちいち夫にお伺いを立てて、500円の物を買うのにもレシートが必要で。
スーパーに行って「食べたいな」と思うものがあっても、あぁまた、「この間も食べたじゃん、どれだけ食べるの?」って笑顔で言われるんだろうな…と思って手をひっこめて。
数百円の物に目くじらを立てる夫が、なんだかみみっちく小さな人間に思えたんです。
そしてそんなみみっちい世界に怯えて暮らしていたことに気付きました。
そう、私、そんな負い目を感じるほどの生活、させてもらってなくない?と、この時、気付いてしまったんです。
そしたら、夫がモラ発言をするたびに可笑しくて可笑しくて。
今まではびくびくしていたのに、心の中で夫のモラを笑えるようになったあの日、あの日は今思えば本当に私の人生の分岐点でした。
夫のモラを笑えた日。
あの時から、私たち夫婦は少しずつ軌道修正しながら、生きています。
モラを変える事はできない、でも私は変われる
人を変える事は出来ません。
これよく言いますよね。
残念ながらモラ夫を変える事も出来ません。
だから私が変わりました。
ありきたりな話ですけど、モラ夫がモラハラ発言をする要素を1つ1つ潰していきました。
「無職だからね」と言われたから個人事業主になりました。すると「無職だからね」と言わなくなりました。
「節約が下手なんじゃない?」と言われたから、まず1番無駄な夫の酒代と外食費を節約しました。
夫がモラを発動したら反抗期の中学生に接するように接しました。
最初は声が震えていたと思います。
でも、何度も何度も笑顔でモラに応戦している間に、声は震えなくなり、次第に咄嗟に応戦できるようになり、そして正々堂々といられるようになったんです。
負の連鎖を息子に渡したくない、モラハラ気質を断ち切る
これは後に知った事なんですけど、結局夫は育った環境がモラハラ気質を育てる環境でした。
夫は、稼いでいる人が1番偉いと子どもの頃に学んでいたんです。
つまり私がもしも夫のモラハラを受け入れていると、息子までも「稼いでいる人が1番偉い」という価値観で育ってしまい、将来モラハラ化する可能性があると言うこと。
私は息子に負の連鎖を渡したくありません。
だから私自身が変わる事で、夫にも家族の在り方を考え直して欲しかったんです。
【モラハラ夫ブログ】優しくてマメで金銭感覚もしっかりしている人と結婚したらモラハラ夫でした、さいごに
私のしてきた方法や夫への態度は、必ずしも正しいとは限りません。
でも、軽度モラハラ夫に対してなら効果があるかも知れないし、もしかしたら奥さん、あなたの気持ちや見方が少し変わるかも知れません。
だからこのモラハラ夫ブログを立ち上げ、ここに記していきます。
夫のモラを笑えた日の事を思い出しながら。